幸せでありたい

雑多である

2025年振り返り

買ってよかったもの

一軒家を建てるにあたって得た知見 - 幸せでありたい

今年買ってよかったもの:家 と書き出したい欲を満たしたので以降は蛇足。 クレジット的信用があると名前と住所を何回か書くだけで人生規模の負の資産とともに防音室付きの家が手に入る。 練習する時間なかったんよな~の言い訳を使用する権利を手放した。 なんか寝れない夜やねこに腹を踏まれて起きた早朝にも好き放題楽器やってる。 HAPPY

グランドピアノ

ローンの返済をする瞬間だけ記憶を飛ばすテクニックによってタダで手に入ったようなもの。 さすがに楽しすぎて毎日触ってる。

AVアンプとスピーカー

🍆に合わせて購入した。せっかくでかい音鳴らせる場所手に入れたんやしということで。音楽聴くのも映画とか観るのも楽しい。

ゴアテックスランニングシューズ

傘とかいう1000年以上その寡占的立場にあぐらをかいて進化してない怠惰ガジェットは、足元を護る気が一切ないため、雨の日に数分歩くだけで靴下までグチョグチョになる。これは大変不快で、そして激烈に臭い。流石に人に迷惑をかけたくはないため、ゴアテックスのランニングシューズを購入した。ゴアテックスというナイスな素材は外からの水は通さず、内からの湿気は逃がすみたいなことができるが、汚れなどで目詰まりを起こすと蒸れやすくなる。レインウェアなんかと比べてシューズは汚れがつきやすく、その機能をフルに発揮できる場面は少なそう。晴れた日に履くにはちょっと蒸れが気になるが、雨の日は快適である。天気によって使い分けている。

音楽

本番乗った曲

書いていいかわからんやつは省く

聴きに行った演奏

  • 2/16 ピティナ入賞者コンサート
  • 3/16 リバイバルオケ
  • 3/22 デルタフォース
  • 5/16 Lavt
  • 5/20 Penthouse
  • 6/7 京都芸術大学 ウェスティ 音暦
  • 6/21 北宇治OB
  • 8/3 Lavt
  • 10/12 funny face jazz orchestra

消費コンテンツ

読んだり見たりしてよかったもの

活字本

  • 対馬の海に沈む
    • 対馬農協の闇(実話)を怖いくらいしつこい記者が追いかけたドキュメンタリー本。
  • プロジェクト・ヘイル・メアリー
    • この最高の作品に対して自分から情報を流すことはできない。前情報を一切入れずとにかく読んでほしい。
  • 一次元の挿し木
    • 面白かったのは面白かったが、それよりも上手いなあという感想の方が上回った。特に調整を加えなくてもそのままドラマ化できそう。
  • 完全教祖マニュアル
    • 大半の人間はそれぞれの持つ基準価値観によって決まる幸福度の最大化を目指して行動する。科学技術はより多くの人間がより幸福になるためのリソースを増やすという意味で、必ずしも直接的ではないが人々の幸福に貢献している面があると私は信じている。人を幸福にするには科学以外にもたくさんの方法があり、その一つが宗教である。宗教は人々の幸福の形を変容させる力がある。あれがこうなれば幸せというのを変えてしまうのだ。これは群衆を管理するという目的に対して大変都合がいいものであり、歴史を見ても国家運営に宗教はよく関わってきた。今日の日本人は宗教への警戒心もあり、無宗教の立場を取る人が多い。ただ、宗教的単語が使用されないだけで、宗教的なテクニックが使用されている場面は多いのではないだろうか。企業が言う働きがいとかエンゲージメントなんかはかなり宗教的だと思う。外部から何か目的(多くは金づるや奴隷の獲得)をもって人の幸福の基準に介入せんとする行動を宗教的だと感じている。このあたりの前提があって、宗教的テクニックへの警戒心から、具体的にそれはどんなものなのか知りたいというのが本書を手にとったモチベーションである。
  • イニュニック(生命)
    • 星野道夫を読むと意識がアラスカへと飛ぶ。もちろんアラスカに行ったことは無いので、このイメージの実態は北海道である。前に読んだ「極限の民族」に「温帯に住む人間が、未知の自然にあこがれるとき、それは両極端の二つの方向があるように思われる。ひとつは、極北の氷原。もうひとつは、南熱帯の密林。」という話があった。これには深く頷くところである。私は極北の氷原に憧れる人間であったため星野道夫を読んだとき大変幸せな気分になれる。
  • 死亡遊戯で飯を食う
    • 今度アニメが放送されるラノベ。自分はデスゲームの部分が面白く感じているが、巻を重ねるにつれて割合が減っているのでなんとも。マンネリ化防ぐ戦略みたいなものを感じる。
  • 神曲プロデューサー
    • 杉井光は良い意味でどの作品にも共通する読み味があって安心する。この味を楽しみにきてる。楽園ノイズも読んでるので繋がりにびっくりした。
  • 哲学史入門
    • 著名な哲学者の方々が対話方式で哲学史を紹介してくれる本。「無知の知」という邦訳は違うよみたいな話とか面白かった。中世というか神学がからんできてるあたりはおもんなかった。

漫画

  • 魔都精兵のスレイブ
    • ToLOVEるを継ぐポテンシャルがある
  • カグラバチ
  • スーパーの裏でヤニ吸うふたり
    • 恋愛を扱う作品イコール三角関係とか複数の相手の間で揺れ動く心みたいなものを描くもんではないということ
  • これ描いて死ね
  • 逃げ上手の若君
  • 黄泉のツガイ
  • 火の鳥
    • 昔バイト先で知り合った漫画家志望の青年が一番好きな漫画で挙げてたのを思い出した。命とは何かみたいなことをずっと考えることになる。この漫画自体は思想としては仏教だが、これを読んで全く違うことを思ったり感じ取ったりしていいと思う。
  • 日本三國
  • ありす、宇宙までも
  • サマータイムレンダ
  • BLEACH
    • 刀を握って君を護る覚悟をして全巻大人買いした。実質詩集。
  • ゴールデンカムイ
  • 本なら売るほど
  • 雷雷雷
  • 全部ぶっ壊す
  • バーナード嬢曰く。
  • ヒカルの碁

YouTube/Twitch

  • 白雪レイド
    • ずっとおもろいのすごい。ぶいすぽとコラボしてるのがいちばんすき。
  • 藍沢エマ
    • 声が良すぎる。
  • コンプサウルス
    • 声がよくてずっとしゃべってて最高。きしょコメを厳しく取り締まってくれるの助かる。
  • 酒寄颯馬
    • すぺしゃーれが好き。愛媛出身なのなんとなくわかる愛媛感がある。

ゲーム

  • LoL
    • 大会とか見てて手を出してしまった。まだトップモルデカイザーしかわからん。ティーモが本当に邪悪でおぞましい存在であることは理解した。
  • Splatoon3
    • 生活の中でTwitterと同じ立ち位置にいる。できることならやめたい。
  • ゼノブレイド2
    • 長期間だらだらと進めててまだクリアしてない。ソシャゲの悪いところだけ取り入れましたみたいなところがうーん。戦闘とかシステム面があまり好きになれず、ただストーリーとキャラデザはいいので最後まではやりたい。

アニメ

観たことあるものとかそんな面白くなさそうなのをながら観するくらいしかしてない。面白そうなのは後で時間を作って集中して観ようみたいなこと言って全然時間を作らなかった。マイリストに観ようとは思ってるものが溜まってるしぼちぼち観ていきたい。

2026年やること

いつかショパンのバラード1番を弾くために5年とか10年とかで段階的な計画を立ててそれを実行していきたい。今弾ける曲だけをなんとなく弾いているのでは技術的な向上がしょっぱいのは身にしみている。誰か先生にみてもらって計画を手伝ってもらうべきかもしれん。
オーボエの方は所属オケが増えてブラ1が吹けることになっている。なんとか仕上げられるように時間をかけていきたい。リードの値上げ問題もあり、いい感じのリードの安定供給の手段を確保したい。メイキングマシン欲しくはある。アングレも欲しい。
今年はかなり物欲を満たしたと思っていたが、恐ろしいことに全く収まっていない。来年はできる限り丁寧な生活を心がけ、不要な出費を抑え、おもしろいこと楽しいことにかけられる予算の割合を増やしていきたい所存。
前年比でまあまあ本を読んだがそれ以上のペースで積読を積んでいる。知識とか経験とか教養とかそういうものは、あればあるだけ日々のなにかしら起きることから得られるもの、自分になにか引っかかる/積み上がるものが増えるように思う。つまりあればあるだけお得で、幸福に生きられる。今の時点でかなりめいいっぱい趣味に手を広げているため、例えばこれから野球を始めようみたいなのは難しいが、本を読めば新しいことへの知識が得られる。解像度が低かったり不正確であったりするかもしれないが、それがわかった上であればたぶんないよりはあったほうがいい。Twitterを眺めるとかいう人生をドブに捨てる行為を本を読むことに置き換えていきたい。

おわり

楽器棚卸し

これまで触ってきた楽器とか機材とかの棚卸し

ピアノ

5歳くらいから11歳くらいまで習わせてもらって、以降はインターネッツゲーム音楽やアニソンの楽譜を探しては弾いていた。ぴこのスコアという神サイトに大変お世話になった。渚~坂の下の別れ~は当時からずっとなにかと弾き続けている。最近になってクラシックをちゃんと弾きたくなって練習している。死ぬまでにショパンのバラード弾けるようになりたい。ジャズも大変気になっている。曲決まったあとキーは?と聞くときのピアノマンの心境を体験したい。

Yamaha?アップライト(1999-2003)

ピアノ習い始めた頃に家にあった。音も覚えてない。

Yamaha C2?(2003-2012)

経緯は忘れたがグランドピアノが導入された。消音器付き。消音器つけても打鍵音が消えるわけではないのでゴトゴトいって結構うるさい。自分が大学生になって家出たあとは弾く人間がいなくなった。売られて実家のテレビの購入資金になった。

Yamaha Clavinova(2015-2023)

大学入ってからの2-3年くらいピアノに触ってなかった期間がある。バドミントンしてた。たしか色変とかで萎え散らかしてた時期に成人祝みたいな名目で買い与えてもらった。電子ピアノはタッチが雑でもちゃんとそこそこいい音が鳴るのが長所であり短所。東海地方の知り合いのもとへと旅立った。

Yamaha YUS1(2023/03-2025/07)

楽器の集まりで会場のピアノ触ってるうちにアコースティックなピアノを日常的に触りたい欲が爆発して購入に至った。ベヒシュタインの音が好きで一瞬検討したがアップライトに300万とか出すのは難しかった。展示品弾いて想像より全然いい音がしてYUS1になった。当初の予定では最低でも10年は弾き続けるつもりだった。

Yamaha C3X espressivo(2025/07-)

頭がおかしくなって防音室付きの家を建てるとなったときに、せっかくなら夢のグランドピアノを入手するべきでは?となり検討した。普通に資産運用しているよりも楽器の値上がりのほうがずっと強いことに気がついてしまったのもある。インデックス投資の利回りは年5%程度なのに対して楽器は年10%くらい値上がりする。機種の選定にあたってやはりベヒシュタインを検討したが、800万とか恐ろしい値段する。金が貯まるまで我慢して年50-100万くらい値上がりしていくのを眺めるのと、破滅一歩手前のローンを組むのどっちがましか?(そもそも組めるのか?)みたいなことを考えていたが、espressivoを紹介してもらって試奏するとC3Xに持っていたイメージとぜんぜん違う音がした。C3Xはなんとなくpとかppの音がそんな魅力ないなと思ってたが、espressivoはそのあたりもいい音がして気持ちよく弾ける。

オーボエ

大学院生2回生の頃に響けの影響とか合奏への憧れとか音が好きとかあって突然に始めた。世界一難しい楽器とされているが正確には難しいのはリードの管理である。リードさえ良ければなんとかなるしリードがカスならどうにもならない。オーボエを始めたその瞬間からリードの状態に気分を左右される人生が始まる。この世はリードが全てである。

Fossati FJ-55(2019/07-)

下調べもそこそこに楽器店に向かってオーボエとサックスで迷ってるという話をして試奏させてもらった。オーボエは音が鳴ってサックスは鳴らなかった(セッティング下手くそやった可能性大らしい)。もともとだいぶオーボエ寄りだったシーソーがドガンとなった。基本的に学生が組めるローンは30万円までという知見を得た。最初の冬を越せず、割れが発覚したときの恐怖は片時も忘れたことがない。

Yamaha YOB-831(2023/08-)

4年くらい吹いて初めてオケに乗ったりして自分の音のペラさを自分以外に求めたくなった甘え。入門機でももっといい音は出せたはず。ちゃんと自分の吹き方が悪かった。言い訳をひとつ消せたのは良かった。各メーカーの上位機種の中ではなんとか手が届く価格、音程の良さ、プロの使用率もまあまあ高い、あたりが採用理由。運よく4,5本試奏させてもらったが、購入したものは大響の奏者の楽器購入で最終候補に残ったうちの1本だったらしい。買ってから音程良くなったし、音色も良くなったと思う。

クラリネット

藍沢エマになりたくて購入した。理想をいえば藍沢エマのクラリネットのピアノ伴奏がしたい。Bb管に慣れる日は来るのか。

Buffet Crampon R13(2025/10-)

ヤフオクで予算ギリギリのをなんとか落札した。吹いてみると半音の半分くらい音程低かったりする。調整して練習してそこそこに吹けるようにしたい。幸い周りにつよつよ最強クラ奏者がたくさんいる。絵師であれば右手を食べると画力が上昇するとされているが、クラリネット演奏であればどの部位がよいだろうか。

ギター

モテたくてさわってバレーコードで挫折の男子高校生の王道を通ってきた。

アコギ

兄弟の中でギターかっこよくないか?みたいなブームがあり、3頭の馬の前に期末テストの順位と引き換えの人参としてぶら下げられた。実家で埃を被っていたところを拝借してきた。One more time, One more chanceだけ弾けた。

テレキャス

ぼざろとポルカドットスティングレイの影響。インテリアと化した。エジマハルシのようなとんでもなくかっこいいカッティングができる日は来るのか。そもそも日常的にちゃんと練習する日は来るのか。現状はふわふわ時間のイントロ専用機。

エレキベース

自宅を楽器の友達の溜まり場的な空間にすることを目指している。低音楽器はたいてい大きくて運搬がめんどくさいものである。ピアノとベースとあとなにかフロントがいればジャズセッション的なことができてしまうな。

Playtech JB480

ジャズベース。アンプとかもろもろついてきて2万ちょい。安すぎる。さよならピアノソナタをバイブルとしているので、Stand by meは弾けるようにした。

機材とか

DAWとかスピーカーとかヘッドホンとか

Logic Pro

appleは学割が結構でかい。Final cutとかクリエイティブ系のソフトの永続ライセンスがいくつかバンドルされて60%off?とかすごい値引きされていたので、学生証を叩きつけて購入した。永続ライセンスそんな値引きしていいのか?とは思うが、実際それ以降PCを購入するときにmacに縛られているのを感じている。学割はいかにも学生に対する施しのような顔をして、ちゃんと元が取れる仕組みになっているのだろう。大企業がやっているのだから企業利益的に正しくないはずがない。ほとんどバンドスコアを打ち込んで遊ぶくらいにしか使えていなかった。最近録音にも使えるように環境を作った。

CeVIO/CeVIO AI

ニコニコ動画の影響で持っている。ソングの方だとさとうささら、すずきつづみ、IA、ONE、双葉湊音がいる。ここ3年くらい起動してないかも。CeVIO -> CeVIO AIの時もベタ打ちでかなり自然になって驚いたが、ボカロとかその辺の界隈(マサカリ回避の名称ぼかし)で最近はSynthesizer Vがすごいという話は噂に聞く。

Yamaha AG06

配信者がよく使ってるオーディオインターフェース。Discordで通話しながらSwitchでスプラトゥーンをやる場面などミキサー代わりにもなって重宝している。こういうものがないとイヤホンの上にヘッドホンを被る原始人ミックスくらいしか手がない。

Steinberg UR22C

PC机と楽器やる環境が離れたのでマイク拾うためのオーディオインターフェースとして購入。これも定番の初心者向け機器。今度Yamaha名義になってYamahaのマークもつくようになるらしい。

www.dtmstation.com

Impact LX61+

MIDIキーボード。スペースが無限にあるのなら88鍵がいいに決まってるが、88鍵の横幅は大変取り回しが悪い。最近C3のキーの反応が悪く、分解して接点復活剤程度でどうにかなる問題なのか、そもそも分解して元に戻せるのか、と悩みどころである。買い替えるとしたらせっかくならMIDIも出せるタイプのステージピアノみたいなの買って、エレピの音源で遊びたいみたいなことを言い出していて財務省の怒りを買っている。

SE ELECTRONICS SE8

無指向コンデンサマイクのペア。普段の練習だったり友達が来てくれたときとかに録音したくて用意した。録音して確認して吹き方を修正していくの大事といいつつ、録音したものをすぐ確認する環境を作るのは意外とめんどくさい。マイクとDAWとで解決した。

Yamaha THR10ii

ぼざろを観たオタクはこのギターアンプとパシフィカを買う。「Blutoothスピーカー代わりにもなりますよ!」みたいなセールストークに後押しされて購入して3ヶ月後、パシフィカはメルカリに、THR10はBlutoothスピーカー以外の何者でもなくなる。

Yamaha MSP3

モニタースピーカー。PCデスク用

Yamaha HS5

MSP3よりもちょっとグレードが高くてちょっと大きいモニタースピーカー。ド定番らしい。

SONY MDR-CD900ST

モニターヘッドホン。スタジオに絶対あるやつ。

Yamaha HPH-MT8

モニターヘッドホン。MDR-CD900STと比べて定位感みたいなのがかなり良かった。密閉型だからか長時間聴いてると疲れる。

OLLO audio X11

かなり奮発して買ったモニターヘッドホン。開放型。自分が家で使うヘッドホンはきっとこれがゴール。

所感

ヤマハ率高い。メジャーな楽器でヤマハが取り扱っていないもの自分では思いつかない。日本の音楽を支える偉大なメーカーである。
形から入る方であることを自覚しているが、あらためて整理するとまだ全然技術が楽器や機材に追いついていない。このスタンスの言い訳としては、自分の技術がないこと、努力が足りていないことの言い訳を減らすことができることがある。イチローが野球始めるときに店で一番いいグローブを買ってもらったみたいなエピソードを盾として使い続けている。

おわり

一軒家を建てるにあたって得た知見

いろいろと書類に名前と住所書いていったらとんでもない金額の負の資産を獲得すると同時に防音室のある家に住めたのでその際に得た知見。覚えている範囲。責任はとらない。

建物全般

  • 家の値段はとんでもない勢いで高騰していっている
    • 2,3年で数百万みたいなオーダー
    • 注文住宅、建売、マンションどこも上昇傾向
  • 知らないだけで勤め先の福利厚生でハウスメーカとなにかしら契約があったりするらしい(ほんまか?)
  • 木造、鉄骨、RC
    • 沖縄はシロアリが暴れてる関係でRCが多いらしい
    • 木造は10年ごとくらいで防蟻の処理が必要
    • 固定資産税は木造の方が鉄骨よりも若干安く済む
  • C値、UA値、断熱等級
    • 大抵は鉄骨よりも木造のほうがいい数字になる
    • C値は実測
      • 施工の精度にもよる
      • 建てたときに教えてくれるところもあれば課金すれば計測するというところもある
    • UA値は設計から計算される
  • 耐震等級
    • 新耐震3ならまあ安心
  • 長期優良住宅、ZEH
    • 性能の高い住宅としての指標にはなる
    • 長期優良住宅は税金とか少し有利
      • 事務手数料的なところ取られることもある
    • ZEHそれ自体は単身者は目指す必要ない
  • 国から出る補助金は毎年内容が変わる可能性がある
    • 枠もその年ごとなくなったらおわり
  • 補助金の大半は単身者には関係ない
    • 子育て世帯向け
  • 注文住宅の種類
    • 完全注文住宅
      • 高い
      • 頼めば割となんでもできるがより高くなる
    • セレクトoo(オーダーとか)
      • 比較的安い
      • 決まった設計のテンプレートみたいなのの中から建てる土地にあったものを選ぶ
        • 選択肢の豊富さはメーカーによる
        • 数百とか数千とか
      • 大手メーカーは用意してくれている
      • 設計に関わる計算とか申請とかに関するコストが下がる分売値も下げられるという理屈らしい
      • この壁をこっちに移動したい、みたいなのは基本的にはできない
        • 課金次第でできるプランが用意されているメーカーもある
      • 1階を全部防音室にしたいみたいな変態の願いが叶うことはたぶんない
  • 2階建vs平屋
    • 坪単価は平屋の方が高いが、2階建は階段廊下のロスがある分実効床面積考えると建物自体は平屋の方が若干安く済むかも
    • 外壁などのメンテコストも足場が必要ない分安く済む
    • 土地は平屋の方が広い面積必要なので余程土地単価が安くない限りはトータルで2階建の方が安い
  • 水回りを2階に置くのはまあまあめんどくさい
    • パイプスペースとか水圧とか
  • ベランダは管理が大変
    • 吐き出し窓は断熱とかの面で不利だったりする
  • どれだけ窓を減らせるかvs建築基準法
    • 窓は少ないほうが安い、家の性能の低下が防げる
    • 建築基準法で採光とか通気とかで床面積あたりの窓の面積が決められている
  • 現時点では蓄電池は防災グッズ
    • 車乗る人ならEV車を蓄電池代わりにできる運用しとくとよい
      • 走る蓄電池と見るとけっこうリーズナブルらしい
  • 床から天井までの据え付け本棚最高

    防音室

  • 遮音
    • 透過損失: 壁に入る音の強さと壁を透過する音の強さの比
    • 透過損失 = 20log_10{面密度・周波数}-43dB
    • 音の周波数が2倍になれば透過損失は6dB増加する
      • 低音の方が漏れやすい
    • 壁の重量が2倍になれば透過損失は6dB増加する
    • 壁を厚く(重たく)するよりも二重にしてやるほうが効率的である
    • 空気音と固体音
      • 空気伝播に比べて固体伝播の方が防音が大変
        • 床や壁に振動されたら防ぐのが難しい
      • 床を浮かせる方式もある
        • ドラム向けの防音室とかがこれ
  • 吸音材の種類
    • 多孔質型
      • グラスウール、綿、布など
      • 高音をよく吸収するが低音はあまり吸収しない
    • 板(膜)振動型
      • 共振してある周波数(低音域)付近の音を若干吸音する
    • 共鳴器型
      • 孔のあいた板やスリット
      • 音楽室の天井のあれみたいな
      • 共振してある周波数付近の音を吸音する
      • 板振動型よりも狭い周波数範囲の音を吸音し、比較して吸音率は高い
      • 反射する音が半波長分ずれるデメリットもある
    • 周波数帯域ごとに得意不得意がある
    • 組み合わせで音響特性を調整する
    • 何も考えてないとバンドパスフィルタ通したみたいな変な音が反射されてくるようになる
  • 残響の調整
    • 吸音材を組み合わせて音響特性、すなわち残響を調整する
    • 残響時間が長いと教会みたいな音(ライブ)、短いと録音スタジオみたいな音(デッド)
    • 録音を考えるならデッド寄りにするべき
    • ライブ寄りのほうが奏者としては楽しい
    • カーテンを使って可変にする工夫があったりする
    • 部屋が小さいとこのあたりはあまり贅沢言ってられない
  • 正方形よりは長方形のほうがいい
    • 反射音が集中して音の焦点が生じてしまうのを避けたい
    • 短辺長辺の比は1:2よりも3:5の方が良い
      • 波長と反射を考える
    • 対面の壁が平行でないほうがなおよい
      • フラッターエコー
        • 音が平行な反射面の間を繰り返して反射しながら往復することで生じる
      • 少なくともどちらかの面で吸音しつつ反射の向きを散らしてやれると良い
        • ホールとかの壁に角度つけてあるのがそれ
        • 本棚やカーテンなど有効
  • 天井の高さはたいていは2400mm
    • メーカーによってオプションとかで2700mmにできたりできなかったり
    • 奏でる家なら床を下げて吸音材を入れた上で3000mmにすることが可能
  • 防音のために遮音とか吸音とかそういうボードを壁や天井にいれる
    • ざっくり2畳くらい部屋が狭くなる
    • 天井高は200-300mmくらい下がる
      • もろちん防音のグレードによる
  • 換気口からの音漏れ
    • どれだけ防音しても換気口は開けざるをえない
    • ダクト通しての換気がベターだがコストはかかる
    • 第3種換気の吸気口は壁に穴あけてるようなもの、というかまんまそう

      土地

  • 土地単価
    • 京都市はカス
      • 中国人しか買えない
      • 歴史的経緯からやたら細長い土地ばかり
    • 大津も人が流れすぎてまあ高い
  • 建蔽率/容積率
  • 建築条件付き
    • 相談次第でいくら足せば外してもらえるみたいな相場があるらしい
  • ハザードマップ
    • 浸水は一度でも食らったら損害が大きい
  • 道路族マップ
    • もろちん網羅はされていないが参考にはなる
  • 土地の情報収集
    • suumoとか
    • ハウスメーカーが抑えてるものもあったりする
    • 店舗に直接行くと掘り出し物がという話はほんまか?
    • 資料請求すると営業電話がすごいかかってくる
  • 町内会とか
    • 入るのが半ば義務のところもあればそうでないところも
    • 住むまでわからないので運次第

      打ち合わせとか

  • 営業の人間はできないことをできないと言ってくれないので質問の仕方は工夫する
  • 序盤で複数社回ってるかどうかの確認がくる
    • そこはかとなく他社のディスが混入してくる
  • 資料の事前共有とかは難しそう
    • 頼んでみたがしてくれなかった
    • その場で見せた情報を元にその場で判断させることで、意図した通りの判断を引き出すみたいな戦略か?
    • 打ち合わせの30分前に完成の計画か?同志か?
  • SDGsのバッジつけてこの世の全ての資料を紙で用意するスタイル
  • 自分の担当者はプレゼンの資料はファイル上書きで作ってたらしい
    • あの日これ言った言ってないみたいなの確認したくならないのか?
  • キッチンのショールームに行くと幸せの空気に満たされていて窒息する
    • 新婚なら通す、新婚でないのなら殺す
    • メンタルの状態を整えてから行くべし

行動指針とか判断基準とか倫理観とかそういうもの

どんな場面でもルールを守るとか、あるいはある程度ルールを破ることを許容して臨機応変にとか、これは許してこれは許さないという基準だとか、きっと社会みたいな外から決められることではなく、個人がそれぞれで自分の中に持っておくもの(行動指針とか判断基準とか倫理観とかそういうもの)について、なにか大きなきっかけとなる体験なんかで発生する変化がある。 例えば、他人に親切に世話をやいてあげるのはできるだけやるべきことみたいなありふれたことを考えていた時期があったが、今はあまり手放しに肯定できない。というような変化があった。ただきっとこういうのはあまり自覚できてないもののほうが多い。昔からこうだったみたいな記憶の改竄がありそう。行動に比べて感情のほうがそのあたり曖昧で改竄が容易そうに見える。 現時点でのそれを言語化(注1)することで将来これが変化したときに自覚してほーんだとかふーんだとか言えるようにしたい。 これは2025/07/09時点でのもの。もちろんこれらすべて遵守しているわけではなく弱い方に流されることも多々ある。こうありたいというような願望も含まれる。

注1: 言語化というのはたぶん正確ではない。タグを切るの方が近い。必ずしも言葉にしたいわけではなく後から参照できる形で思っていることを一旦出力しておきたい。

自分の正しさと他人の正しさと社会的な正しさとを区別する

自分はこれが正しいと思うことがあるし、ある他人はそれに反するようなことを正しいと思うこともある。これに対して両者どちらが正しいみたいなことを考えることに意味はない。それぞれ別の系の中で正しい。そしてなんら関係がない。ただ自分の中にない別の系の正しさを知ること自体にはきっと意味がある。他人の正しさを知ったことがきっかけで、自分の中でなにか変化が生じて、もともと正しいと思っていたことが変化するかもしれない。それでも自分の正しさとある他人の正しさは直接関係がないし、戦わせる意味などない。これらを根拠に他人を攻撃することはできない。

また別のところに社会的な正しさという曖昧なものがある。ルールとか道徳とかそういうものだ。社会の中で生きる人間がそれぞれの正しさにのみ従っていたのでは、きっと社会はたちまちに崩壊する。便宜上共通のルールをもつ必要がある。これは法律のような明文化されたものだけでなく、人が悲しんでるそばで無神経にはしゃがないほうがいいよねみたいな、特にどこかでその一覧が見られたりしないようなものもある。ある個人の正しさと社会的な正しさが衝突したとき、ある個人の方が少なくとも表面的な行動を社会的に正しいふるまいに矯正される。自分の正しさと社会的な正しさがよく一致していれば生きやすいし、不一致が多ければ生きにくい。社会的な正しさも絶対的なものではないので、時代だとか地域だとか場の雰囲気とかで簡単に変わり得る。都合よく勝手に正義の側に立って勧善懲悪の図式を描いて「悪」を殴ろうとするムーブメントを軽蔑する。「悪」を殴ることは自分が普段隠さなければならない暴力性だとか加虐欲みたいなものを発散しつつ、暴力を振るうことに付随する罪悪感なんかを軽減してしまうので大変魅力的な行動である。自分がやってしまうことがないように自己監視しておきたい。

自分の正しさはある他人の正しさと競合することなく独立して保つことができる。時間とともに変化しても構わない。これらは社会的な正しさと合致するとは限らないし、そもそも社会的な正しさは絶対的とは程遠いあいまいなものである。

自分の性質を利用するのはOK, 他人の性質を利用するのはNG

なにかやるべき、やりたいを軸にした4象限でのやるべき/やりたくないの象限に分類されることに手を付けるとき、ニンジンをぶら下げるということをやりがちである。これは報酬があればそのために多少の障害は乗り越える力が働くという自分の習性/性質を利用したものである。こういうのは自分に対してやるのはいいが、他人に対してはなるべくやらない。他人が自分に対してしてくるのが許せないから、自分も他人に対してするべきではない。自然とこれが求められる(イメージがある)教育みたいなことに関わることができない。

行動の理由を他者に求めない

浦原喜助の「死にに行く理由に他人を使うなよ」にしびれた。誰か家族だとか友人だとか大切な人の為を思った行動について、その相手を理由そのものだと考えてしまったとき、その行動の結果によっては相手に悪い感情を抱いてしまうこともある。他者を思った行動であっても、色々考えて想像して判断したのは自分であるのでその行動の理由も責任もすべて自分にある。

相談やアドバイスについても同じである。他人が提供できるのはどうするべきといった答えではなく、自分以外の誰かの経験や環境や知見や思考回路やエミュレータを通して出力される行動である。他人の意見は参考にとどめて自分が判断するべきであって、こう言われたからとそのまま行動してその結果の責任をアドバイス主に求めるのはシャバい。

考えることの放棄をなるべくしない

世はChatGPT爆流行りの時代。LLMなチャットボットとかにすべて投げるのは大変楽である。楽なのは本来支払うべき考えるというコストを払わずしてそれらしい結果を受け取ることができるからである。LLMなチャットボットが現れる前から、主に他人に肩代わりさせる形で、思考コストをケチって答えだけ得ようとする振る舞いはいろんなところで見られたし、自分自身にもそういう行動に覚えがある。思考して判断する材料を集めることと、他人に答えを出してもらうことは明確に違う。言われたとおりやったけどうまくいかなかった、責任をとれ、みたいなことをぬかすカスになるな。

同様に思考コストをケチることを目的とした物事の雑な簡略化はなるべく避ける。AならばBみたいなのは単純で考えることの量が少なくていいが、大抵そんな単純ではない。AのときよくあるのはB1でこういう場合はB2で稀なケースでB3があって...みたいなことの方が多い。AならばB1ということにしてしまえばシンプルで考えることが減るし、8割だか9割だか大抵の場合はそれで問題にならない。B2やB3に出くわしてもこれは例外と言っておけばいい。ただこのような態度は物事に対して真摯ではなく不誠実であると思う。

誠実でいる

自分があえて表に出さなければ確実にバレることがない不正ができてしまうことに思い至ることはちょくちょくある。こういった場面で不正をやるかどうかは自分の良心に委ねられる。なにか宗教を信仰していれば、神が見ているみたいなのが理由になっていいかもしれない。自分はなにか特定の宗教を信仰しているわけではないが、誰も見てないところでも正しくあろうとするモチベーションを持っておきたい。正しくあろうとすることでなにか幸運が訪れるような気がする、くらいのふわっとした理由でもいい。ところで私は3月のライオンの桐山と高橋のメクドナルドでの会話が好きだ。たしか高橋が「逃げなかった、という記憶が欲しかった、みたいなことですよね?」というようなことを言って、桐山がぶわっとなっていた。とにかくそういった自分の不正を許さない理由のようなものを自分の中に持っておきたい。

やりたいことを放置しない

やりたいことが発生したとき、環境や自分の変化でその欲は結構簡単に消える。やりたくてもできなくなることもある。実際自分は目がイカれてるので、自転車でどこそこへ行くみたいなことはできなくなった。これを許したくない。手を付けるだけで終わってもいい。そういえば興味あったな、でも結局触らず終いだったなとなることを許容しない。今すぐやれ。

主張と主張とで優劣がはっきりきめられることはあまりない

なにか物事に対してああするべきこうするべきというのはよく議論の対象になる。対立する主張がぶつかってなんらかの裁定を経てどちらかの主張が通ったり、7対3の内分点みたいな折衷案なところに落ち着いたりする。こういうときにそれぞれの主張に別れての議論がどちらが正しくてどちらが間違っているかみたいな話になってしまうことがあるが、着地点や目標を間違っているように思う。民主主義的意思決定が行われる場において主張というものは単純である方が良い。複雑な主張は理解するのが難しいのでそれだけで数の利を得にくい。主張の大本になっている解決するべき問題みたいな主体はたいてい多次元的な多くの要素が作用する複雑な構造をしている。ここが単純な場合はそもそもそんなに議論が発生しない。複雑な主体のある一面を切り取ることで一つの主張が作られる。そうして元の複雑な主体を理解できない人間に対してもその主張を浸透させる。たいていどの主張もある面で間違ってないし、ある面で間違っているのだ。最初からやるべきなのは様々な目的、状況なんかに照らし合わせて折衷案や落とし所を探すことであって、優劣を決める意味はない。ただ頭が悪いので勝ち負けという単純な構造でないと理解できない。思考を放棄して物事の複雑さを無理やり取り除こうとするのは怠惰だ。

スポーツ的な側面を重く見た学校の授業でやるようなディベートみたいなのはそれはそれと認識した上で楽しめばいい。勝ち負けを主軸としたものと、なにか集団を前(必ずしも前、つまり良い方向とは限らないが)に進めることを主軸にしたものは明確に区別したい。

嫌いだから攻撃するは正しくない

嫌いなものを攻撃することに正当性は全く無い。嫌いだから排除したいは感情として起こり得るがそれ自体に正当性が生まれることは決してない。

好き嫌いがある程度一致してはじめて思いやりは成立する

相手の気持ちを想像して行動することが良いこととされている。それ自体はいい心がけであるが、あくまで想像であり必ずしも正しくないことを忘れてはならない。想像したことと実際の相手の気持ちが一致することはいくらかの偶然や雑な断定に支えられている(ある程度関係性がある場合はこれまでの経験が加わるので、そこそこ確からしさが上がるかもしれない)。偶然自分と相手の好き嫌いの傾向が一致しているとか、こういう属性を持った人間はこういう行動をするという、そこそこの確率でそれに反する場合が存在することを考慮できていない、あるいは無視した雑な断定といったものが、相手の気持ちを想像するという行為の裏にある。雑な断定は相手のことを有象無象の一とでも思っていない限り使いたくない。あまりにも失礼である。かといって偶然に頼るというのは心もとない。そもそも自分の何が嬉しくて何が不快かみたいなところ(これも時間で変わりうるのでまとめておくと面白いかもしれない)があまり多数派と一致していない気がする。それに頼って想像したところで一致しない可能性が高い。ある程度関係性がある相手だったとして、それまでの経験、つまりどういう場面でどういう反応をしていたかといったことの積み重ねについては、その反応から読み取った相手の感情について正しく推測できている自信がないため、あまり信用できない。少なくともこのような考え方をしているうちは、これをすればきっと相手は喜んでくれるだろうということに自信を持って実行することが難しい。世間一般にスタンダードになっている行動例の中から選び、間違っていないか怯えながら実行するくらいならやらない方がいいのかもしれない。

幸せになるためにやること

なにかハッピーだとかマンモスうれぴ~みたいなすこぶる気分がいいときがある。 これを可能な限りたくさん味わって、今この瞬間から死ぬまでの時間のうち気分いいと感じてる時間の割合を増やしたいなと常々思う。 何をすれば気分良くなれるのか、そのきっかけになった出来事とか行動を考える。 ハッピートリガーだ。 他人とか環境とか自分ではないものに依存するものと、おおむね自分の行動によってなんとかできるものと、その中間とでグラデーションができているように思う。 ある相手から好かれるみたいなのは他人依存度が高く、10時間チャリ漕いだ後温泉に浸かって魂の奇声が漏れ出るみたいなのは他人依存度が低いように思う。 ハッピートリガーは贅沢なことにあまり同じことの繰り返しだと飽きてしまったりするので、幸せであり続けるにはちょくちょく新商品を仕入れ続けること、ある程度枚数を揃えてローテーションを回していくのが良さそうである。 他人依存度が高いものは今欲しいというタイミングで使うことができない。 そうすると自分でなんとかできる要素が多い、他人依存度が低いものを増やしていくのが効率が良い。 つまり気分が良くなる要因の内、他人とか環境とか自分でないものに依存するものの割合を減らして、自分でなんとかできるものの割合を増やすことで、幸せであり続けるための良い循環を回したい。 誰かに認められたら、とか誰かに必要とされたら、というような他人依存度の高い欲求を満たすための活動はギャンブルであるので余剰資金でやることであって、生活費を投入するものではない。 ここで言うギャンブルとは、自分がどうにかできるのはせいぜい多少確率を上げることだけであり、同じ行動に対して同じ結果が返ってくることが期待できない、最終的には大部分が運次第であることを言いたい。

そもそも自分の意図したとおりに他人をどうこうしようというのは、その試みの時点で恐ろしく精神にストレスをかけるものである。 自分がされて嫌なことは他人にするなという話がある。 例外はそこそこの割合であれども、ある個人にとってされて嫌なことというのは、大抵は別の個人にとってもされて嫌なことである。 自分に危害が加えられないこと、これが広くそれぞれ個人に対して適用されるのにおおむね良いルールであるように思える。 私の中の巨大な自尊心は、他人にコントロールされること、その試みを強く拒絶する。 騙すとか詐欺とかそういう悪意ドリブンなことに限らず、褒めるとか慰めるとかそういうきっと善意によるものについても抵抗がある。 そもそも出どころが悪意なのか善意なのかの境界どないしてひくねんという話もある。 純粋に相手を喜ばせるための褒め言葉と相手の機嫌をとって都合の良い決断を引き出すための褒め言葉に境界が引けるか怪しい。 とにかくされて嫌なのだから他人にもするべきでない。 ただ世間では褒めるとか慰めるとかそういうのは歓迎する人間のほうが割合が多そうに見える。 不本意ではあるが社会人と呼ばれる立場にあるため、社会っぽい場面においては多数派に合わせなければならない。 というより、合わせなかった場合に被る不利益と自分を通せなかったことによる残念で悲しい気持ちとを天秤にかけて長いものにまかれている。 そういうことでそれが求められている場面においては他人を褒めたり慰めたり、ということをやり、ビジネスな場面ではちゃんと人を騙す、つまり都合の良い判断を引き出せるような表現をせっせと作成している。 こんな消極的にやっていることが上手いわけがなく、自己評価としては他人をコントロールする能力は下の下である。

だいたい何をしてうまくいっているのか判断する方法がわからない。 自分の言葉が相手にどのように作用するのか、自分の行動の前後で相手にどのような変化が起きるのか、どうしたら確認できるのだろうか。 相手の反応を見て聞いて観察したものを分析してということをやっていけばそういうものがわかるという話もある。 ただあれは女性が胸に向けられる視線を認識できている問題と同じであるように思う。 男性が女性の胸チラチラ見てるの全部バレてるよ笑が真であることを示すには、バレるバレないに関わらず男性が女性の胸をチラ見した全回数(A)と、そのうち女性が認識できたもの、つまりバレたチラ見の回数(B)をカウントして、B/A=1であることを示さなくてはならない。 しかし第三者にカウントしてもらうでもしない限りAは知りようがない情報である。 Bだけを数えてB/B=1みたいなことを言っているのだ。 あまり舐めないでいただきたいが男性は女性の考える3倍は胸をチラ見している。 B/A=1/3である。 という主張もこちらの立場ではBの数しかカウントできないため、根拠に乏しい。 何が言いたいのか。 ある個人の視点で得られる情報には限りがあるが、これを忘れて認識しようがないものについても自分の認識できている世界の中にあると勘違いしてしまうことがよく起きているということだ。 相手の意識そのものを捉える方法は存在しない。 過去の経験に照らし合わせて、いろいろと手を尽くして推測するが、そもそも過去の経験のどこにも正しく答え合わせができたものが存在しえない。 どれだけ手を尽くしても不安は残る。 どうすれば自信を持って他人に関われるようになるのか見当もつかない。 わけがわからないしポジティブな感情も持てないものからはなるべく距離をとりたい。 これにコストをかけていてもきっと幸せな気分にはならない。 ガチャとの付き合い方は、目当てのものが出なかったら死ぬ、引くか死ぬかというスタンスよりも、出たらラッキー出なかったらしゃーないのほうが健全だ。 他者にどうこうしてほしいという願望の実現にかける労力は人間としての形を維持できる最小限の範囲、あるいは精神に余裕が持てる範囲に留めておいて、ハッピーになる道筋に他者があまりかかわらないものについてリソースを注ぎ込んでいく方がより確実に幸せになれるかもしれない。

とりあえずは今確実に誰にも妨げられることなく幸福になる行動をとろう。

手帳の移行2024-2025

blog

手帳を移行した。2024年の手帳からロルバーンの干支のイラストが表紙の手帳を使っている。 かわいい。

  • A5サイズ
  • 月曜始まり
  • 自由に書き込めるページがたくさん
  • リングにいい感じにペンが収まる

あたりが気に入ってるところ。 移行のタイミングでせっかくなのでざっと読み返してこんなこと書いてたのか~みたいなのを放出する。

12/28

優しい嘘は本当にあるのか? 人と人が関わると何かしら嘘が生まれる。 本心ではそんなことを思ってもいないのに相手を褒める言葉だとか、自分の不利益になる情報を隠す嘘だとか。 一般に嘘は悪いことということになっている。 特に自分の利益を目的とした嘘について。 一方で他人のための嘘はむしろ良いこととされたりする。 相手を喜ばせるための嘘とか。 これらを悪い嘘、良い嘘としたとき、両者は本当に区別できるものだろうか?

1/11

人に好かれるための努力というが、具体的には自分を偽ることでは? 相手の意図を想像してくみ取って、その通りに言動を調整する。 たとえ純粋に相手のことを想ってのことだったとしても、相手を騙していることには変わりがないのではないか? 相手の思考、受け取る印象をコントロールしようとして、自分の都合のいいように持って行こうとするのは詐欺とかわりないのでは? その境界を間違えない自信がない。

3/7

報われるあてなく努力することができなくなってしまっているのが悲しい。 おおよそこのくらいの努力でこれくらい報われるだろうみたいな計算なしに行動できなくなってしまった。 これやりたい!というシンプルな気持ちだけで行動したい。 自分個人のことに関してはある程度なんとかなるが、他人が絡むと途端に難しくなる。 他人を理解できない、というよりされたくないからしたくない、できるわけがないと思う。

3/16

エロに釣られて買ったクライムゲームという漫画があまりにもクソすぎて悲しくなって本屋で散財した。

3/21

著名人のプロフィールに血液型も書かれがちなのよくわからん。 血液型性格診断みたいなものを根拠にその人を知りたいというモチベなのかもしれん。

3/22

自分で自分を悪く言っておいた方が、他人から言われたときのダメージが減るみたいなやつ。あんまやらんほうがいい。

3/26

嫌いなこと、嫌いな人間について考える時間は短い方がいい。 どういうところが、なぜ嫌いなのか整理して頭から追い出すべき。 楽しいこと、やりたいこと、面白いことについて考える時間を確保したい。

機嫌をとられたくない。 機嫌をとってあげないといけない人間と思われないように、常に機嫌よさげに振る舞えると良い。 たぶんむり。

3/27

ぶつかったときに自分を削るか、相手や周りを削るか。 距離を離すか。 こういう例えだと自分の形に何かとがったところがあると人とぶつかりやすい。 とがったところがないと何も引っかからない。

4/5

人の本性とは? 他人にどう思われるのかみたいなことを意識することなく自然発生する言動?

ぼけーっと考えたことのほとんどはこれという形や結論を持たないまま、忘れてしまう。 別に価値のあることばかりではない、というよりほとんどは価値のないものだが、後々、そういえばこのときこんなことを考えたなあと思い出すヒントくらいは残しておいてもいいのかもしれない。 考える量に対して書き出す量が追いつくことはきっとないし、言語化してしまった時点でどこか意味がずれてしまうのは仕方がない。 あくまできっかけとして、こういうところに書き殴っておくと暇で仕方がないときにちょっと面白いかもしれない。 メモ帳と呼んでしまうと、何か後で役に立つことを書かないといけないような気がするが、手帳と呼ぶとその限りでないような気がする。

4/8

チケットとかIssueとかドキュメントとかコミュニケーションツールとか。 新規にアサインされた人が、適切に情報にアクセスできることを最優先の目標にくらいの運用でどうか? 閉じたところで議論されたり、当事者に直接きく以外に知る方法がない情報があるとか、そういうのが気持ち悪いし不便。 文脈とか議論とか関連資料の所在とかはチケットやIssue上で知りたい。 メールとかチャットは進捗の確認とか、リンク投げつけるとか、別に後から入った人にとって知らなくても問題ないことだけに使われてほしい。 アクセスも検索性も悪い場所に重要な情報を置かないでほしい。

4/21

「わかりやすさの罪」p241

「集団Aと集団Bの間に差があるとわかった時、それが統計的に『有意』出会ったとしても、それだけで集団Aの構成員はこうで、集団Bの構成員はこうだと決めつけられない」 「集団間にある分布の違いを明らかにすることと、構成員のここの特性を明らかにすることとは全く違う」

引用の引用 川端裕人「『男脳』『女脳』のウソはなぜ_どのように拡散するのか」

5/19

暇と退屈の倫理学 國分功一郎 p34

文化産業はあらかじめ受け取られ方の決められた楽しみを、産業に都合のよいように人々に与え続けるのだと言った。私たちはそれを受け取り、「楽しむ」。

5/29

「Aさんは~なところがあって・・・な人だね」みたいなのがどこか苦手なのは特別でありたい気持ちが強いからなのかもしれない。 何か特徴を言葉にして表現してしまうと、抽象度が上がってしまうと言うか、別にその人でなくても同じ言葉で表現される人はいるし、その人である必要がなくなってしまうような、そんな気がしてしまう。 言葉にするとき少なからず丸め誤差というか、消えてしまうもの、情報がある。 これももったいないと思う。 きっと実際は誰も特別なんかではなくて、その人でなくてはならないということはなくて、代替が効くのだろうけれども、それを認めないという姿勢をとるためだけでも、安易に人を言葉で表すことを避けたい気持ちがある。 唯一無二であってほしい。 実際にはきっとそうではないのだろうが。

6/14

相互理解は現実にあり得るのか? 漫画とかに出てくる「お前らしくないぞ」みたいな台詞が引っかかる。 判断基準がブレているということが言いたいのか? そんなものブレて当たり前ではないか? しょーもないきっかけでも変わるときは変わるし、変わった理由を問うのならわかるが、責めるのは何様なのだろうか? こういう場面でこの人はこうするというような、プロファイリングもどきは相手を理解しているということになるのか?

8/6

言葉を選ぶこと、相手の受け取り方を想像すること。 ちゃんと答え合わせができない。 そもそも答えというか正解なんてないのかもしれない。 答え合わせができないのにどう上達すれば良いのか。 そういったことが上手い、つまりコミュ力があるみたいに言われている人を観察してみる。 パターンに当てはめているだけで、相手と対峙しているように見えない。 例外に対しては悪いのは相手ということにして片付けているように見える。 コミュニケーションの場での常識に外れた人間は排除される。 ルールありきのものだろうしそれはそうか。 コミュニケーションが上手い人はとても多くの人と関わるわけで、取りこぼしがないことよりも打率を重視して、そういう例外については深く考えず無視するのがいいのかもしれない。 それが効率的なのは理解できるが、心情的には肯定しがたいものがある。 セットプレイとか決め打ちみたいなので良好な関係になれてしまうのは楽しいだろうか? 変人願望がでてるかも。 誰かと同じで安心する気持ちと、人と違っていて特別なような気がしてうれしい気持ちと、どちらも理解できるが、後者の方が強いかもしれない。 実際は特別でも何でもなくて、誰かと同じで、何も面白くない人間であろうことは、あえて否定したい。 肯定してしまうようなことを言いたくないし、認めたくない。

8/23

ITが面白くなくなったのではなく、仕事や労働が面白くないだけ

チャットでのコミュニケーションがどんどん下手になって言っている気がする。 下手というかめんどくさい。 特にLINE。 業務的なのはぎりぎりなんとかなる。 対面のコミュニケーションよりもさらに自分の発言が相手に与える印象を考え込んでしまって身動きがとれなくなる。

9/12

障害調査とかやるとき、調べたこと、試したことは全部メモをとっていかないと、丸一日かけて解決に至らなかったときに虚無感で死にそうになる。

9/30

世間での正しい価値観と自分の価値観との乖離。 自分の価値観にのみ従って世間のそれを無視していいとは思わない。 社会の中で生きる恩恵を得ている以上なにか合わせなくてはならないのはわかる。 ただ自分の価値観そのものを修正しようとしてくるのは勘弁してほしい。 何を考えるかは自由にさせてほしい。 表面上の言動はなるべく合わせるようにするので。

10/30

労働を終えて帰宅する。 感受性の起動に30分から1時間かかる。 寝るまでの時間から夕食風呂等の時間を引いて可処分時間は4時間弱? ピアノとオーボエそれぞれ1時間練習する時間はとれるはず。

11/5

他人の罪悪感を減らしてあげるために明るく振る舞わなくてはならない場面が存在する。

共感性死んでるのかも。 共感性を重視するコミュニケーションでがっかりした目を向けられることが多い気がする。

11/7

金を稼ぐ行為、得られる報酬額は他人を不幸にする量、人数、度合いで決まる。

思考は直列ではないのに、並列なことも文章にしたとき直列な表現を強制されることにストレスを感じる。

1ヶ月前に確かに自分がやったはずの操作について何も記憶が残っていないことがある。 めっちゃこわい。

可処分時間と筋トレ

可処分時間を増やしたい。労働が終わってから趣味に当てることができる時間を増やしたい。疲労でぼーっとすることしかできない時間は減らしたい。体力は多い方が1日の行動ターン数が増える。体力がないと一回休みのターンが増える。可処分時間を増やすには体力をつける必要がありそうだ。

身体はある程度鍛えておかないと生活に支障をきたす。そこそこの頻度でトレーニングを行い、そこそこの体力を保つことで可処分時間を増やしたい。ムキムキの強靭な身体を手に入れて何事にも精力的に取り組む自分の姿を思い浮かべる。とても健康的で輝いている。

ところで筋トレをすると翌日、あるいは2日後筋肉痛になる。筋肉痛と重たい疲労感を抱えての生活は大変気怠い。活力とは真逆のものが身体を支配しているように感じられる。筋肉を増やすのに筋肉痛は避けては通れない。痛みを伴わないと成長しないダメなやつだ。人員不足でパンクして何かちゃんと被害が出るまで人員を追加してくれない会社と同じである。この痛みは一度耐えたら終わりなんてことはなく、定期的に、よく言われるのは3日ごとに、受け入れなくてはならない。おっさんは回復が遅い。そんなペースで筋トレしていたら1年の半分以上筋肉痛を抱えることになってしまう。それは活力ある日々と呼べるのだろうか。可処分時間を増やすための筋トレで可処分時間を減らしていないだろうか。

体力をつけるためにトレーニングをするというのは、どうもコストパフォーマンスがいいようには見えない。何か別の目的のためのトレーニングの副次的な効果で体力がつく、というのがよさそうである。ところで我々から可処分時間を奪っている最も大きな存在は労働である。労働を強いてくるのは会社である。破壊には力が必要である。トレーニングの過程で強靭な肉体が手に入り、労働から解放される。これしかない。